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最高裁判所第三小法廷 昭和32年(あ)1919号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差戻す。

理由

弁護人中村泰治の上告趣意は、原判決は審判の請求を受けない事件について判決をした違法があるというのであって、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。

しかし、職権をもって調査するに、本件起訴状には公訴事実として「被告人は、服部宣明(新潟県南蒲原郡今町町長として同町の工事の請負契約の締結、金銭出納命令等の権限を有するもの)と共謀の上

(一)  昭和二九年一一月二五日頃、新潟市西堀前通二番町の三和工営株式会社事務所より同市上大川前通り五番町料理屋生粋に赴く自動車内で、右会社の取締役社長中村和作から、今町中学校体育館の建築工事を右会社に請負わしめることに対する謝礼の趣旨であることを了知し乍ら、現金三〇万円の交付を受け

(二)  同年一二月七日右会社事務所において、右会社の専務取締役近藤敏直から、右体育館の工事請負につき右会社と契約を締結したことに対する謝礼の趣旨であることを了知し乍ら、現金三〇万円の交付を受け

以て右服部の職務に関し賄賂を収受した。」旨記載され、罪名及び罰条として、それぞれ「収賄、刑法一九七条一項」と掲記されている。即ち、本件起訴状記載の訴因は、被告人が今町町長服部宣明と共謀の上、同町長の職務に関し、二回に亘って賄賂金合計六〇万円を収受したという収賄の事実である。しかるに、原判決は、第一審判決が右公訴事実を収賄と認定したことが事実の誤認であるとして、これを破棄自判するに当り、訴因罰条の変更手続を履まずに、「被告人は、前記中村和作と共謀の上、前記今町町長服部宣明に対し、その職務に関し、今町中学校体育館新設工事請負契約の締結につき、便宜の取計いをして呉れたことの謝礼として金員を供与しようと企て

(一)  昭和二九年一一月二五日頃、前記三和工営株式会社事務所から前記料亭生粋へ赴く自動車内で、同人に対し、右工事請負の仮契約をして呉れたことの謝礼として現金三〇万円を交付し

(二)  同年一二月七日頃右会社事務所において、同人に対し、右工事請負の本契約を締結して呉れたことの謝礼として、現金三〇万円を交付し

以て右服部の職務に関し賄賂を供与したものである。」旨の事実を認定し、刑法一九八条を適用した。即ち、原判決認定の事実は、被告人が中村和作と共謀の上、今町町長服部宣明に対し、同町長の職務に関し、二回に亘って賄賂金合計六〇万円を供与したという贈賄の事実である。ところで、本件公訴事実と原判決認定の事実とは、基本的事実関係においては、同一であると認められるけれども、もともと収賄と贈賄とは、犯罪構成要件を異にするばかりでなく、一方は賄賂の収受であり、他方は賄賂の供与であって、行為の態様が全く相反する犯罪であるから、収賄の犯行に加功したという訴因に対し、訴因罰条の変更手続を履まずに、贈賄の犯行に加功したという事実を認定することは、被告人に不当な不意打を加え、その防御に実質的な不利益を与える虞れがあるといわなければならない。従って、本件の場合に、原審が訴因罰条の変更手続を履まずに、右のような判決をしたことは、その訴訟手続が違法であることを免れない。そして右の違法は、被告人に対する訴因の全部に関しているのであるから、明らかに判決に影響を及ぼすべきものであり、且つ、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。よって刑訴四一一条一号、四一三条本文により、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 高橋潔 裁判官 石坂修一)

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